2020年 12月の手紙 | かじや次郎

次郎からの手紙

 毎回同じように見える包丁でも、作り手は、売り手・使い手と会話を重ねながら、徐々に良いものにしていこうとしているものです。今回は、そんな試行錯誤の最中送られてきた、長野の鍛冶屋・中川次郎氏からいただいた手紙を紹介します。


以下、手紙全文


拝啓、師走の候 今年もあとわずかとなりました。
毎度、少数にて申し訳ありません。今回は狙った訳ではありませんでしたが、先日話題にした特筆すべき点として現時点で最上と思われる天然砥石による刃金部研磨の結果、切れ味感触の大幅な向上がありました。これまでも、でき得る限りの中で妥協すること無く向上に努めてきたつもりですが、御協力いただき、用意して下さった最高の選択肢の中から、厳選吟味した一点物を使うことができたお蔭と感謝しています。捨て身と全て懸けただけの価値有りと納得できました。

見た目は、刃金地鉄とも洋鉄現代製品のためパッとしませんが、対象物への入刃の滑らかさに於いては、出荷状態のままに永切れ検証も含めて、いろんな方々に感触を確かめていただきたいと思いました。材料選定から刃金付け、鍛造、熱処理、研ぎ仕上げまで、勘頼りが全てですが、全行程鋼の状態を完全把握した上での稀少砥石の使用は、特記できる内容と感じました。ちょっとくどくなってしまいましたが、これに懲りずに今後とも引き続き宜しくお願い致します。

敬具

令和弐年師走

以上

先日、中川氏は自身の200番目の作品作りに向けて、それに使う刃金・地金の個性を引き出す砥石を探し求めて、東京・浅草橋の天然砥石店、「森平」を目当てに、10年以上ぶりに上京してきました。森平の店主、小黒氏は事前に要望を伝えておいたこともあり、用途に合いそうな天然砥石を数点用意しておいてくれました。中川氏は2日にわたりそれらの砥石を試し、選定したのですが、中川氏によれば「あてた瞬間にこれだと思った」という砥石は、提示してもらったものの中で、一番高価なものだったそうです。もともと金にはならない鍛冶業の最中、生活が困窮すること覚悟で購入した砥石でした。せっかく購入したのでもったいないと、200番だけじゃなくて通常の包丁の仕上げにもと使ってみると、包丁の切れ味が以前にも増して良くなったとのことでした。「刃金地鉄とも洋鉄現代製品のためパッとしませんが」というのは、和鉄や錬鉄、玉鋼といった昔の鉄とは違い、現代鉄は均一に作られているためか、天然砥石研磨による見た目の変化が現れにくく、ぱっとしないということでしょう。材料選定から仕上げの研ぎまで、自分の勘のみで行ってきている「次郎」だからこそ、天然砥石が起こす効力をより大きく感じるのではないでしょうか。

一例ではありますが、ぱっと見ると全部同じように見える包丁たち、実は作り手は日々試行錯誤を繰り返しながら理想の製品に近づけています。この手紙から、そういったものづくりの姿勢を垣間見ていただけたら幸いです。

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