100番 | かじや次郎

本作品は、鍛冶師 中川次郎の最初の記念番である。

本作の一番の目玉は、軟鉄材・鍛地の材料として使われている和鉄であろう。次郎自身が個人的に収集していたものの一部で、それらは江戸幕末(1850年前後)までに使われていた廻船の錨や明治の中頃(1900年頃)までに使われていた寺社の門のヒンジの金具などであり、伝統的なたたら製法で製鉄され、包丁鉄とも呼ばれていた。現在作られている極軟鋼と比べると格段に密度が低く、研ぎやすく、独特の風合いを醸し出してくれる。それらの和鉄を鍛地の材料に使えるように自ら延ばし、そこへ合わせる炭素鋼の脱炭を防ぐため、できるだけ低い温度で鍛えて、鍛地の材料とした。鍛地とは、軟鉄と焼きの入る炭素鋼を折返し鍛造し、幾重にも重ねることで、研ぎやすく割れにくい合わせ包丁の特性を活かしつつも、地金が刃金の力で曲がってしまうことを防ぐために、主に薄物の料理包丁用に一部の技術ある鍛冶師によって伝統的に行われている技法である。模様のための積層やダマスカスとは違い、鋼のすべてに焼きが入っていることが条件である。

和鉄部や積層部分には、現在の製品においてはハネられることの多いアイケと呼ばれる筋が多く見られるが、極軟鋼よりも粘りが少ない和鉄は、これらのものが発生する確率が多く、またそれを避けるために高温または長時間の熱を加えると、鍛地の鋼が脱炭を起こしてしまうため、温度を見極めながら可能な限り低温での鍛接および鍛造を行っている。本作品ではアイケ筋も味として楽しんでいただきたい。

 裏スキは、専用の道具、センで透いたものを手作業で磨いたものであり、面と曲面の立った鎬は次郎独特の仕上がりとなっている、この裏スキの仕上げは、他で類を見ることがない。
今回は小刀としてこじって使う可能性があることからも、より粘りのある白2鋼を用いた。
表面の模様出しには一切の化学薬品を用いず、天然砥石のみで仕上げた。

 また、写真から見てもわかる通り、切っ先付近から棟半分まで、鋼が地金を包むように鍛接する切先包(くるみ)が施されている。これらは、元はノミ鍛冶が行っている技法で、地金を鋼で包み込み、それらを整形・焼入れ後もきちんと適切な温度で完全に鍛接された状態で残しておくことは稀有な技術であり、現在ではこのような形で切出しを作る者は数少なくなってしまったが、鍛冶の技術を証明する、洒落た仕上げである。

柄には、縁起がよく丈夫な落葉性の槐を用いた。伐採後50年間乾燥された材を、自ら中心部付近の柾目を切り出し、ノミで特別に誂えた。変則八角の面はすべて完全な平面で構成されるように手作業で仕上げてある。柄の尻には穴があり、そこから付属の金具で叩き出せば、簡単に刃の着脱が可能である、中子の先端は焼きが入っているために潰れる心配はない。次郎による特注の金具は、切出し本体と同じく鍛地を用いて製作されており、先端にのみ焼きが入っている。また、着脱の繰り返しで緩まないように、柄と鞘の間に僅かな隙間をもうけてある。金槌は使わず、付随の木槌にさらしを巻きつけたもので叩くことで、柄に傷が付くことを防いでくれる。

動画からもわかるように、柄を取り出すときは袱紗で巻いて、叩いた衝撃で飛びださないように取り出すと良い、また柄や鞘の手入れには刃と同じように椿油を使用する。

また、箱書きは、銘切りのためにと長野在住である書家の指導を20年受け続けた次郎の自筆である。

その普遍的で美しい包丁鍛冶と研ぎの技術で、またたく間に名を広げた次郎であるが、鍛造農具製造に従事した経験も有り、自身は包丁だけでなく幅広い刃物の鍛冶屋であると自負している。本作はそんな次郎が包丁以外で自分のできる範囲の手の込んだ品物を作りたいと思い立ち、通常のものより一層の手間をかけた品で、今後似たようなものを作ることは、当面の間はないだろう。

本作品はカナダ・トロントの和包丁販売店・Tosho Knife Artsに厳選な抽選の結果供給された、機会のある方はぜひ一見していただきたい。

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